Chief blog塾長ブログ

2024.12.18

中学生の英語学習方法

中学生の英語学習について考えることです。

中学生は「物量作戦」でそのときは学力はあがります。不定詞の考え方や関係代名詞の考え方、現在完了の考え方を理解させなくても、とにかく問題を解かせて、英文を暗記させれば瞬間的には成績があがります。これが高校生とは異なるところですが、教材をたくさん渡して、宿題を出して、単語を覚えさせれば点数はあがります。

ただそれだけだと、高校に入ると英語が分からなくなる。これが「高1ショック」につながっているような気がします。定量的なデータがあるわけではないの断言はできませんが、高1になったときに急に分からなくなるのはこのためではないかと感じています。

「考え方を相手に伝えて、理解してもらう」ということは私には難しい作業です。理解してもらうためには相手の顔を見ながらどれだけ理解しているのかを判断し、伝えるときの声の大きさや間の取り方を考えていきます。理解が不十分だと思えば、違う角度から説明したり、同じ角度から説明を重ねたり、そして理解が一定まで高まったかなと思ったら問題演習を行います。音読を行います。ドリル学習を行います。(文法項目により、演習方法も異なる)

そして「できない」ということを通じて、生徒は自分の理解の不足が分かります。その「できない」ということが恥ずかしいことではなく、ゴールまでの道のりの途中なのだと思えるようなクラスの雰囲気作りも必要です。

話をもう一度元に戻すと、一方的に説明を行い、問題演習を宿題にすることで英語の理解が深まると思いますか?

2024.11.26

医師は命を殺し、教師は心を殺す可能性がある

人体のことはよく分かっているけど、手術が苦手な外科医。

車の構造のことはよく分かっているけど、運転がヘタなドライバー。

肉のことは分かっていても、焼き方がヘタなステーキ職人。

野菜の知識があっても、目利きのできない八百屋。

魚の知識が豊富でも、握りの下手な鮨職人。

英語の知識が豊富でも、授業のできない英語教師。

教職経験が長くても、適切な言葉掛けができない先生。

 

いくらでも出てきます。世間が求めているのは理屈ではなく、「手術が上手な外科医」「運転が上手なドライバー」「焼けるステーキ職人」「目利きのできる八百屋」「握りの上手な鮨職人」「授業ができる英語教師」「適切な言葉掛けができる先生」なんですよね。

理屈を大切にし、実践が疎かになるなら、理屈の世界で生きた方がよっぽど世間のためです。「脳外科医竹田くん」のモデルは国立医学部を出ているほど「できる人」なのでしょうが、実践ができませんでした。手術が下手だと命は死んでしまいますが、自分の「指導」で生徒の心を殺す可能性があるという畏れを持たない教師も怖いものです。

2024.11.25

「定員内不合格」について

「定員内不合格」が話題になっていました。「定員内不合格」とは、倍率が1倍以下にも関わらず不合格にさせるということです。倍率が1.0倍を切っているのに、どうして不合格を出すのだということに対しての問題提起(批判?)の記事でした。

これには、学校をどの角度から見るかで考え方が変わります。

学校を「これから社会に出て行く若者を教育していく」という視点で見れば、不合格にさせることはおかしいですよね。公的な若者の教育機関は学校しかないわけですから、定員的には可能であるのに、その若者の教育を学校が放棄する=不合格にさせるという発想は不合理であるということです。しかしこの視点に立つならば、社会は若者の失敗に寛容でなければなりません。タバコやバイク程度に目くじらを立てられてもこまりますし、電車の中でうるさい、駅でのマナーが悪いと学校にクレームは入れるべきではない。また、都道府県の教育委員会は「定員内不合格」を出しやすい学校、はっきりいれば学力的に低い学校には30%以上は多くの教員を配置して、きめ細かい指導ができるようにしなければならない。学力指導もしなければいけないし、生活指導もしなければいけないし、特別指導(停学)の時の先生方の負担は大きいですよ。「どんな若者でも受け入れて、しっかりと教育していく」ということにはコストがかかります。

その一方で、学校内の安全を優先させるのであれば、定員内不合格になんら問題はないでしょう。現役時代に私が経験した「定員内不合格」は、「昼休みにタバコを吸った」「試験の途中で、無断で学校から出て行った」というものでした。少年院に入っていた生徒が入学後にトラブルを引き起こしたり、近隣の学校を中途退学した生徒が入学後に私服警官が学校にやってくるような犯罪行為を引き起こしたりもしていました。学校の安全性を最大限に求めようとするならば、入学時に可能な限りルールを守らない受検生は入学させるべきではない。「教育的配慮」というものと真逆の発想です。学校は「生徒が勉強すること」「誰しもが安全に過ごせること」のふたつが大切です。規律を破ることが予想される生徒が入学したために、まじめに頑張っている生徒の安全性が損なわれたり、学習の機会が奪われるような事態を避けるのであれば、定員内不合格は当然のことです。

この中で、東京都と埼玉県の教育委員会の担当者は次のように述べています。

  • 点数がほとんど取れていなくても定員内であれば入学許可を出す。高校は学力が十分でなくても、入学後、社会に出ていく力をつけられるようにしっかり指導しなければならないと認識している(東京都)
  • 入学を希望する人を定員内なのに不合格にする理由はない。県として県民のニーズに応える(埼玉県)

両方の教育委員会は前者の立場のようです。そういう担当者が定員内不合格が起こる学校で勤務をしたのかは分かりませんが、建前論ではなく、学校も生徒も「支える」サポートをしていることを願っています。

2024.11.16

私たちは教育を意識した学習塾です

当塾のフライヤーは私が作っています。ホントに素人テイストで、プロが見たら恥ずかしい限りのものですが、その方がSアカデミーらしいかな、と。

フライヤーは表ページが私の教育ポエム、裏ページに冬期講習などの案内が書いてあります。本日は教育ポエムをご紹介します。

社会にはさまざまな人がいます。背の高い人、低い人。力の強い人、弱い人。短距離が得意な人、長距離が得意な人。もちろん、誰もが得意なことと苦手なことを持っています。
物作りが得意な人は工学を、人間に興味がある人は文学を、お金の流れに関心がある人は経済を、社会の仕組みに興味がある人は法律を学びます。

私たちはそれぞれの得意分野や興味を生かし、それを社会に還元しています。お互いに助け合うとは、こうした協力のことなのです。

このように考えると、皆さんの能力は「私有財産」であると同時に、「社会のために伸ばすべき公共財産」でもあります。つまり、学ぶことは自分のためであると同時に、いつか出会う誰かのためでもあるのです。もちろん「志望校合格」は重要な目標ですが、それだけが目的であれば、合格後には目標を失ってしまいますし、不合格であればその学びが無駄に思えてしまうかもしれません。これではもったいないと思いませんか。

学びは、皆さんを鍛えるためのものです。学ぶことで自分を鍛え、人生を切り拓き、そして他者のためにその能力を高めていくことができます。私たちは学習塾として「志望校合格」をサポートしますが、根底には「学びを通して成長する」という哲学が息づいています。

そのために、充実した対面授業と、主体的に学べる自習空間が必要だと考えています。私たちが授業や自習室にこだわる理由はここにあります。自身の力を伸ばしたい皆さんと共に学べる日を、私たちは心待ちにしています。

私たちは大手学習塾とは異なり、成績がいいから授業料の免除をするとか、成績がいいから「いい先生」が担当するとかは一切ありません。学習塾でありながら、教育を常に意識しているので、「成績がいいからメリットがある」という非教育的なことは一切しません。その代わり、誰でも使えるような自習室があります。生徒数が100名いないのに、自習席はトータルで57席あります。当塾で学びたいと選んで下さったご家庭から、将来の日本を支えてくれる子どもたちを輩出したい、自分たちのことだけを考えるのではなく、人と人の間を耕すことができる人間に成長してほしいという願いから、自習席を充実させています。

最後に裏面も紹介します!

  • 小学5・6年生 国語・算数3日間講座 「学習習慣をつけよう!」
  • 中学1年生 英語・数学の総復習 「英語の教材は完全オリジナル!」
  • 中学2年生 定員に達したため、募集しておりません。
  • 私立中3年生 英語講座 「不定詞を乗り越える!」
  • 高校1年生 国語総合体験授業
  • 高校2年生 現代文体験授業

詳細はこちらをご覧下さい。https://www.s-academy.net/experience/

2024.11.12

Sアカデミー通信のご紹介

この秋から、LINEでの「Sアカデミー通信」を出しています。ブログは「よそ行き」、LINEは「プライベート」の文章にしています。今日はその「プライベート」の文章をご紹介します。

もう11月ですね。年を重ねると時間の進みが早くなると誰しもがいいますが、つくづく実感します。あっという間に12月になり、そして2025年になるのですね。
年を取ると去年の1年も、今年の1年も、そしておそらくは来年の1年もあまり変化がありません。同じようなところで働き、同じようなことを考え、同じような人間関係で生きていきます。大きな変化は子どもの進学や就職といった成長くらいでしょうか。
その一方、高校を卒業するまでの子どもたちの1年間は変化の連続です。小学5年生と中学1年生はぜんぜん違い、中学1年生になると大人になります。中3になると人生を少し考えるようになり、高校生になると親から離れし、高3になると人生の現実を考えるようになります。11歳から18歳の8年間は、大人の何年間にあたるのでしょうか。大人の1年間と子どもの1年間の重みは違います。
さて、今日は受験間近なので、受験での「成功例」からみるこれからの3年生の過ごし方についてお話しします。2年生の皆さんは、先のことだと思わず、自分のこととして考えて下さい。
これから入試まで3ヶ月あります。3ヶ月とは夏休み2回分です。これからもうワンステップ伸びることもあるでしょうし、逆に下がることもあるでしょう。だからこそ、これからの3ヶ月、どれだけ自分に言い訳をしないか、どれだけ自分を追い詰めてそれに耐えられるかが大切です。
「やらないいいわけ」は私たちはいくらでもわいてきます。「○○が悪い」「△△が満たされてない」といいわけをしないこと。いいわけをいくらしても、皆さんの成績は1mmも伸びません。「分からない」ともいわないこと。そうではなくて、とにかく学習時間を増やす。分からなければ聞く。皆さんをサポートするためにチューターが今年はかなり「ヒマ」です。誰も質問に来ませんので、「ヒマ」を持て余しています。小畠先生も「ヒマ」です。添削依頼がないからです。過去の動画を見るくらいなら、直接に浅川先生に「もういちど、この部分を説明して下さい!」と来ましょうよ。浅川先生ほどの「教え魔」はなかなかいません。
さて、残りの期間、とにかくに自分を追い込み、あと1段階、いや2段階、伸ばしましょう!

2024.11.09

総合型選抜の増加から見る、これからの学びのあり方

2023年度の大学入試では、総合型選抜の割合が増え続けていることが話題です。国立大学では5.9%、公立大学で4.1%、私立大学で17.3%と、総合型選抜の割合が9年連続で増加し、東大や京大といった国立大学のみならず、早稲田大学や慶應義塾大学といった私立大学でも積極的に導入されています。この選抜方式の増加には、現代に求められる新しい学びの姿勢が大きく影響しています。

総合型選抜が増えた背景には、「知識を身につけるだけではなく、それを土台に思考力を深める」という狙いがあります。知識といえば、多くの情報がネット上にあふれ、調べること自体は簡単です。しかし、ただ知識を得るだけでなく、それをしっかりと咀嚼し、自分なりの視点で考え抜く力が求められているのです。人間の本質ともいえる「思考力」こそが、これからの時代に不可欠な力であるとされています。

総合型選抜の拡充を後押ししたのは、「新しい時代にふさわしい高大接続の実現に向けた高等学校教育、大学教育、大学入学者選抜の一体的改革について」(平成26年、中央教育審議会答申)や、「学習指導要領の改訂」(平成29年)です。これらは、生徒が主体的に学ぶ姿勢を推奨し、単なる一方通行の教育から脱却する方向性を示しました。知識を学び、それを自分なりに消化して自ら学ぶこと、これこそが新しい教育の大切な要素です。

教師側にも、生徒に寄り添い、個々の学びを支える教育理念が求められています。少子化が進む今だからこそ、一人ひとりを大切に育て、鍛えるためには、少人数授業や自主的に学べる図書館のような環境がますます重要になるでしょう。

また、現代では現代文の力、とくに自ら発信する力が求められています。社会で働く人にとって、プレゼン能力は必須ですし、説得力のある文章を書く力も重要です。特に「書く能力」はすぐに身につくものではありません。基礎から学び、相手に自分の考えを理解してもらえるような文章を作るためには、知識、思考力、そして国語力が求められます。

これからの学びには、主体的に知識を得て、自分で考え、発信する力が必要です。教育の現場でも、生徒一人ひとりに寄り添いながら、社会に通用する力を共に育む環境を整えていくことが不可欠だと感じます。

2024.11.08

教員の長時間労働の是正に向けて考えるべきこと

長年教育現場で問題とされている「教員の長時間労働」について考えてみたいと思います。

昔から教員の長時間労働は存在していましたが、以前は教員が自分の裁量で授業や業務を管理でき、給与面でも比較的満足できる環境でした。そのため、長時間労働があっても受け入れられていた部分があったのではないでしょうか。しかし、現在は教員の裁量が減り、労働環境が厳しさを増している中で、改善が求められています。

教員の仕事は授業だけではありません。進路指導、生徒指導、教務部といった分掌や、さまざまな委員会業務もあります。部活動の指導も教員の責任であり、担任を持つ場合には生徒や家庭とのやりとりも含まれ、守秘義務が多く外部に話せない内容も多々あります。修学旅行担当などの学年分掌もあります。

さらに、トラブルのない家庭からは先生の負担は軽く見えがちですが、課題を抱えた家庭では教員との連絡が頻繁です。家庭訪問や保護者が学校を訪れるのも勤務時間外で行われることが多く、これも教員の負担になっています。

教員としてのやりがいは、生徒が課題を乗り越える場面に立ち会えることにありますが、こうした喜びが長時間労働につながっているのも事実です。問題解消のためには、教員の人数を増やし、事務仕事を分担するなどの工夫が必要です。単に事務を減らすだけでは、その分生徒指導に時間が取られてしまいます。

最も効果的なのは、教員の給与と人員を増やし、授業と生徒指導に集中できる環境を整えることです。これにより、教育の質が向上し、将来の社会における労働力の質の向上にもつながるでしょう。教員の働きやすい環境をつくることは、私たちの未来への投資であると考えています。

教育現場で働く皆さんにとって、安心して働ける環境が整うことを願っています。

2024.11.07

学びの二つの軸:成長と効率の間で

 

「学び」は、「自分を鍛える学び」と「技能を身につける学び」に分けられるのではないでしょうか。

「自分を鍛える学び」は、即効性もなく、資格が取れるものでもありません。「シェイクスピアを読んだからといって、TOEICで900点を超えるわけではない」というように、文学作品を読むことで自分と向き合い、自分を鍛えることができます。

一方、「技能を身につける学び」は資格取得に結びつきます。たとえば、運行管理者の試験は「技能を身につける学び」です。積み荷の高さが地上3.8メートル以下であることや、点呼時に運転免許証の有効期限を確認し、アルコールチェックを行うといった学びが含まれます。

前者には非効率が当然とされ、後者には効率が求められます。効率的に芥川作品を読んでもその良さは分からないでしょうし、宅建試験を通して自分を鍛える人は稀です。

受験は、この二つの学びの狭間にあります。学校での学びは「自分を鍛える学び」でありつつ、「高校・大学に合格する」という目的も含んでいます。どちらに軸足を置くかは重要ですが、「自分を鍛える学び」を担当する教育者が教育哲学や教育論を持っていないと、偶然に頼らざるを得ないでしょう。「合格」を前面に出すと効率が求められ、効率的な受験勉強が重視されますが、その実、タイムマネジメントや勇気づけが大きな役割を果たすのではないでしょうか。そもそも効率を考えるより、勉強時間を増やす方が効率的だと思うのです。

私は「自分が成長していくための学び」を大切にしており、当塾の生徒やチューターにも、受験勉強を通じて自分を成長させてほしいと願っています。

そのため、自習室を充実させているのです。

2024.11.05

自分を鍛え、未来を切り拓く!

社会にはさまざまな人がいます。背の高い人、低い人。力の強い人、弱い人。短距離が得意な人、長距離が得意な人。もちろん、誰もが得意なことと苦手なことを持っています。
物作りが得意な人は工学を、人間に興味がある人は文学を、お金の流れに関心がある人は経済を、社会の仕組みに興味がある人は法律を学びます。

私たちはそれぞれの得意分野や興味を生かし、それを社会に還元しています。お互いに助け合うとは、こうした協力のことなのです。

このように考えると、皆さんの能力は「私有財産」であると同時に、「社会のために伸ばすべき公共財産」でもあります。つまり、学ぶことは自分のためであると同時に、いつか出会う誰かのためでもあるのです。もちろん「志望校合格」は重要な目標ですが、それだけが目的であれば、合格後には目標を失ってしまいますし、不合格であればその学びが無駄に思えてしまうかもしれません。これではもったいないと思いませんか。

学びは、皆さんを鍛えるためのものです。学ぶことで自分を鍛え、人生を切り拓き、そして他者のためにその能力を高めていくことができます。私たちは学習塾として「志望校合格」をサポートしますが、根底には「学びを通して成長する」という哲学が息づいています。

そのために、充実した対面授業と、主体的に学べる自習空間が必要だと考えています。私たちが授業や自習室にこだわる理由はここにあります。自身の力を伸ばしたい皆さんと共に学べる日を、私たちは心待ちにしています。

2024.10.13

子どもが親のいうことを聞くはずがないのです

10月5日に『日本の未来医療を担う若者へ』がありました。弊社も後援をし、主催の「千葉市地域医療シンポジウム実行委員会」の委員長を務めた縁もあり、第2部の「学生の語り」という医学部・薬学部・看護学部の学生へのインタビューの司会を私が務めました。(「日本の未来医療を担う若者へ」は千葉市長・神谷俊一、千葉大学医学部長・三木隆司、千葉大学病院長・大鳥精司によるシンポジウムや学生へのインタビューで、対象は中高生とその保護者です)

第2部の時に、学生3名に「親のいうことを聞いていましたか?」と尋ねたところ、全員が「・・・」でした。誰も親のいうことを素直に聞いては来なかったんですよね。

子どもと親の違いは当然ながら経験です。20代、30代、40代と過ごしてきた大人は、「もっと10代の時に○○していればよかった」という後悔をもっている人がほとんどじゃないかな。「もっと勉強しておけばよかった」「もっとスポーツしておけばよかった」「もっと字をきれいにしておけばよかった」「もっと友人関係を深めておけばよかった」「本を読んでおけばよかった」などなど、後悔後を絶たず、です。

この反省が子どもへの「指導」につながる。その気持ちはわかる。とってもわかります。愛する自分の子どもに自分と同じような後悔をさせたくない、という気持ちはよくわかります。ただ、子どもの人格と親の人格は全く違うんですよね。子どもには子どもの人生がある。それに、親も含めて他者のアドバイスを素直にきく子どもはいないですよ。失敗を通じて学ぶことが人間には多い。

人間は年をとればとるほど、生きることが難しくなってきます。高校生が小学生を見れば「楽しそうだな」と思うし、大人が高校生を見れば「毎日が楽しそうだな」と思います。人生のゴールが近づくほどに、生きるための課題が増えてきます。そして、それを共有できる人は少なくなってくる。きっとずっと昔から人間はそうだったんじゃないかな。

話を元に戻します。

自分の中高生の時を思い起こしたとき、みなさんは親のいうことを聞いていたでしょうか。きっと聞いていなかったですよね。

でも、親に対しては「ウザったい」という気持ちと、「感謝している」という気持ちがなぜか同居します。愛されていると思うからウザったいと思うし、愛されていると思うから感謝します。そして、「ウザったい」という思いは素直に出せるけど、「感謝している」という思いは表に出しません。そんなものです。

人生は山もあれば谷もある。人生の折り返し地点を越えた私たちはそんな経験を何度もしてきていますよね。それは子どもたちも全く同じです。いいときもあれば、悪いときもあり、成長は一直線ではありません。どんな時にでも、子どもの選択を見守り、頑張ったけど失敗したときにも普通に接することがいちばん子どもを成長させます。その仕事は、私たちにしかできません。